ドラクエ3が名作とされている理由を考えてみた

スマホ版「ドラゴンクエスト3」を始めました。言わずと知れた、もはや国民的RPGとも称される超弩級メジャータイトルですね(あくまで日本国内においてですが)。

じつは、僕がドラクエ3を遊ぶのは今回が初めて。巷でさんざん「ドラクエ3は名作だ」と言われているのは知っていたのですが、「とは言っても、あくまであの時代のRPGとしては名作だったってことだよね」みたいな、ある種の懐古主義的な評価だと思っていたことは否定しません。

で、今回「ドラクエ3」をプレイし始めて、「確かにこれは名作と言われるだけあるな」と。まだゲーム序盤しか遊んでいない時点で「ドラクエ3は名作だよ!」って言い切っちゃうのもどうかとは思います。でも逆に言えば、序盤を遊んだだけでも、名作扱いされている理由の一端が実感できます。

じゃあいったい何を持ってして名作だと感じたのか?そのあたりを書いてみようと思います。

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ドラクエ3は自由度が高いから名作?

「ドラクエ3は自由度の高さが魅力」と言われることがありますが、自由度の高さと言っても、いろんな意味合いがあると思います。

同じRPGで例を挙げるなら、「The Elder Scrollsシリーズ(モロウィンド、スカイリムなど)」のように、盗賊になるもよし、ストーリーを進めず、その世界の住人になりきるもよし、といった意味での自由度もあります。アクションゲームなら「GTA」なんかもそうですね。

しかし、ドラクエ3で言うところの自由度は「何やっても自由」という意味での自由度とは少々異なります。

  • 敵と戦う
  • 武器や防具といった道具の売買
  • キャラクターとの会話
  • ある程度好きな場所に自由に行ける

ざっくり挙げるとこのくらいでしょうか。つまり、行動としての選択肢は限られています。

じゃあドラクエ3の自由度の高さってなんなの?というと、それは「自由度の高さを肌感覚として感じることできる」という点じゃないかなと思っています。これだけだと抽象的すぎるので、少しばかり具体例を挙げてみることにしましょう。

ストーリーを強制されない自由

ドラクエ3にもストーリーは存在します。しかし、ストーリーを一方的にダラダラと見せつけられる場面はありません(まだ序盤なので断定はできませんが、間違いないでしょう)。

ファミコンソフトとして開発されたため、そもそもゲーム機としてのスペック的にストーリーを緻密に語ることが難しかったという理由もあるのでしょうか、それが逆に自由度を感じさせる要因にもなっていると思います。

ストーリーを語る強制的なイベントは基本的に存在せず、登場キャラクターの短い会話テキストから、細かいニュアンスを読み取っていく必要があります。悪く言えばざっくりし過ぎた説明不足のストーリーですが、良く言えば、細かい部分はゲームプレイヤーの想像に委ねていると解釈することもできますよね。

僕自身は、ストーリーを演出する強制イベントがなかなか終わらないと、「早く終われえー」とばかりにボタンを連打しちゃいます。RPGに緻密なストーリー描写を求めないタイプ。決してストーリーは不要と言ってるわけではなく、RPGにおけるストーリーという要素をどう捉えるかの違いです。個人的には、「RPGにおけるストーリーは、プレイヤーの置かれたシチュエーションを説明し、没入感を与えるもの」だと思っています。そして、これは完全に好みの問題でもあります。ゲームとストーリーに関してはまた別の記事でしっかり書きたい。

要するに、強制的にストーリーに乗せられている感がないことで、逆説的に自由度を感じられると言うことですね。

「世界のどこへでも行ける」と自由を錯覚させる

ドラクエ3は、序盤に訪れる「ポルトガ」という国で船を手に入れると、世界中いっきに行けるエリアが広がります。ドラクエ3の世界は、僕たちが住んでいる現実の世界を模して作られているため、地図を広げてみるだけで「ここはこんな国かなあ」と、頭の中で自然と当たりをつける作業をしてしまいます。

このワールドマップの作りも、ドラクエ3から自由度を感じられる要因なのだと思います。現代のように、これだけグローバル化が進みインターネットが発達した現代でもワクワク感があるのだから、ドラクエ3が発売された1988年当時は相当なものだったのではないでしょうか?特に、当時の子どもたちにとっては。

自由度というより、開放感という言葉が適切かもしれません。

何からやるかを自分で決める自由

前の2つと被りますが、ドラクエ3はあらかじめ決められたプロセスを1つ1つこなしていくタイプのゲームではありません。

プロセス=遊ぶ過程が決められているということは、それだけプレイヤーの自発的な行動を制限し束縛してしまいます。ルートを一つ一つこなしていくタイプのRPGを否定するわけではありませんが、そこに自由度はないですよね。

ゲーム内で自由度がないということにストレスを感じてしまうような人にとっては、「楽しく遊びたいからゲームをしているのに、ゲームでストレスを感じるのは本末転倒だ!」となりかねません。

このように、ストレス要因が少ないのもドラクエ3が好まれる原因のひとつかなと思っています。

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ほどよい難易度がゲーム性を担保している

ゲームシステムの観点でドラクエ3を見ると、今となってはものすごくシンプルです。しかし、シンプルだからといって、要素が複雑に絡み合ったような最近のゲームと比べて劣っているとは思いません。もちろん、グラフィックがしょぼいとか、BGMやSEの音色がチープといったテクノロジー的にショボさはありますが、時代を加味すれば仕方のないこと。

単純にゲームとして遊んだ場合、ドラクエ3が現代のゲームと比べてつまらないかというと、まったくそうは思いません。最新の人気ゲームと比べても、ゲームプレイとしての熱中度はそんなに変わりません。その理由は、ドラクエ3の難易度設定が絶妙で、常にゲーム性を感じさせることができているからだと思います。

ドラクエ3は割と死にます。攻略できるかどうかギリギリのレベルで入ったダンジョンで見つけた宝箱。その中身が「ひとくいばこ」だったら一撃で死にます。でも、宝箱を開けるかそのまま立ち去るかはプレイヤー次第。

フィールドなどで遭遇する通常のモンスターとのバトルも、良い感じでハラハラさせてくれるバランスになっています。「街まであと1歩のところで全滅!」した時なんて、残念がるよりも、むしろその絶妙なバランスに思わずニンマリって感じ。

冒険してる感の高さと優れたゲームバランスが人気の理由かも

これまで書いてきたことを一言でまとめるなら、「ドラクエ3は能動的に冒険している感を楽しめつつ、バランスの良いゲーム性も同居したRPG」という感じでしょうか。

世界を旅しながら、人々の問題を解決し、困難を克服し、同時に自分自身の成長も感じることができる。つまり、ゲームの中の勇者に自分を投影し、自分の心の奥底で眠っているフロンティア精神(開拓者精神)を解放できるわけです。そう考えると、ドラクエがどちらかというと男性人気が高いのも納得できますよね。

言いたいことを言い切れた感じがしないのですが、全部吐き出すととてつもなく長くなりそうなので、また別の記事で書いていきたい。

それではプレイに戻ります。

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