ドラムに馴染みのない人にとって、「ドラムが上手い」の基準がなかなか分かりづらいようです。

音楽的な判断基準を持ち合わせていないと、単に手数が多いとか、叩いてる時の見た目のアクションが派手などという表面的な要素を、「ドラムが上手い」と結びつけてしまいがち。

確かにそういった要素もひとつの判断材料ではありますが、当然、それが全てではないですよね。

ドラムはサーカスじゃないんだから。

では、何をもってしてドラムが上手い、あるいは下手だと言えるのでしょうか?

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最低限の演奏テクニックがあるかどうか

あえて、上手いドラムの絶対的な基準を作るとしたら、「最低限の演奏テクニックがあるか」どうかだと思います。

  • 最低限の基礎ができている
  • 一定のリズムで破綻なく叩ける

このあたりがしっかりできていれば、少なくとも下手だとは言われないはず。

聴いてて不快になったり、あからさまな素人感がないレベル。

このレベルで上手いと言っちゃって良いの?という気もしますが、ドラマーとしての役割を最低限担うことができるテクニックがあれば、上手いと言い切っても良いのかなと思います。

客観的事実として。

一応ここではそう定義しておくことにします。

技術的に上手いドラマーはいくらでもいる

単純にテクニック的に優れたドラマーはいくらでもいます。

手数が多かったり、難しい演奏を軽々こなせるドラマーも、上手いドラマーといっても良いでしょう。

ただ、それはあくまで技術的に上手いのであって、音楽表現、アートとしてのドラムの上手さとは別のものです。

音楽表現力が優れたドラムが上手いドラム

おそらくですが、同業者(ドラマー)が「このドラム上手いなあ」というとき、それは単純にドラムの演奏テクニックではなく、音楽的表現としてのドラムを指し示していることが多いはずです。

どういうことかというと、「そうきたか!」「こんなアプローチは思いつかなかった!」というような、良い意味での違和感を感じさせてくれるドラムに心を動かされたとき、つい「上手いドラマーだなあ」という感想が自然と漏れてくるのです。

つまり、感動するドラム=上手いドラム。

単に表面的な技術力ではなく、音楽的に深い感動を聴き手に与えてくれるドラマーを上手いドラムと賞賛したくなる、ってことです。

具体的には

  • 楽曲に対する独創的・非凡なアプローチ
  • 「おっ!」と感じさせるフック
  • サウンドメイク
  • 他の楽器とのアンサンブル
  • 独特のグルーヴ

こういった部分で自分を感動させてくれるドラマーに出会うと、とても嬉しくなります。

ドラマーの方は共感してもらえるのではないでしょうか?

これはドラムに限らず、他の楽器でもそうですよね。

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好みで上手い下手を言っちゃうこともある

こういったことから、自分の好き嫌いで上手いとか下手とか言ってしまうこともあると思います。

なにせ「音楽的に・・・」という基準は、聴き手の好みやセンスがベースになっているので、あくまで主観に過ぎず、客観的な評価基準を決められるものではないからです。

とはいえ、ドラムに全く詳しくない人が言う「上手いドラム」と、ある程度ドラムを知ってる人やドラマーが言う「上手いドラム」では、後者の言う「上手いドラム」の方が本質をついているのは間違いないでしょう。

そう考えると、一般的にドラムが上手いと言われているドラマーが、本質的な上手さで評価されているかどうかが疑わしくなりますね。

僕らは門外漢の分野に関しては、一般的な評価が真理であると受け止めてしまいがちです。

例えば僕はバイオリンに詳しくないので、メディアによく登場するバイオリ二ストが上手いバイオリニストの代表的存在であると、無意識的に思い込んでいたりします。

実際はその限りでは無いと頭では分かっていても、バイオリニストに詳しく無いので、それ以外が思い浮かばない。

より本質的なものに基づいて上手い下手を評価するには、学習や体験を通して、ドラムならドラムに総合的に詳しくなる必要がありますね。

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